松野博一文部科学大臣の家族(父や娘)と秘書は?学歴と経歴まとめ

文部科学省の人事課OBによる天下りあっせん問題で、文部科学大臣の松野博一氏が最近話題になってます。

この問題は、10年近くにわたって文部科学省の人事課OB(嶋貫和男氏⇒詳細はコチラ)が天下り先を文部科学省の職員に紹介していたというものなんですが、

国家公務員の天下りに関しては、2008年に改正法が施行されてから、現職職員が天下り先のあっせんをすることなどを禁止してます。

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でも、その翌年2009年から、今度は現職職員じゃなくて、文科省のOBを仲介役とする天下りがはじまりまったということで、

まさに改正法の抜け道をついた手法の気がしますが、最初からこれをやるつもりでの改正法だったのかもしれません。

この問題を受けて、現在の文部科学省大臣の松野博一氏が、管理責任を問われて国会で野党に辞任を要求されています。

ただ、松野博一氏が文部科学省の大臣に就任したのは、2016年の8月です。

そしてこの、「現職ではなくOBによる天下り先あっせんはOK」という抜け道ありきの改正法が施行されたのは2008年で、OBによる天下りあっせんが始まったのは2009年だそうで、

2009年から2012年までの文部科学省大臣は、旧民主党です。

そんな現実の中、彼らから辞任を要求されるというのは、松野博一氏はなんとも大変な立場な気がします。

でも文部科学省のトップである以上は、管理責任を問われるのは当然のことなので、今後の対応に注目したいところですね。

今回はそんな松野博一文部科学大臣についてまとめました。

松野博一の経歴や学歴と家族は?

文部科学大臣の松野博一(まつのひろかず)氏は、 1962年9月13日に千葉県の木更津市で生まれました。現在54歳です。

松野博一氏の家族ですが、奥さんと娘さんがいます。

「松野博一」と検索すると「父」「娘」という関連ワードが出てくるんですが、父親(昭一氏)は2013年の8月に亡くなられていること、くらいしか調べても出てきませんでした。

彼が政治家であったかどうかもわかりません。

また、松野博一氏の娘さんに関しても、「高校」「大学」などの関連ワードは出てくるんですが、まったく情報は見つからなかったです。

どこかで取り上げられたことがあるんでしょうか?

さて、

そんな一人娘にも恵まれた松野博一氏ですが、彼は生まれも育ちも千葉県の木更津市です。

1981年に千葉県立木更津高等学校を卒業して、早稲田大学法学部に入学し、1986年に卒業しました。

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その後、新卒でライオン株式会社に入社して、広報部に所属してCMを作る仕事をしていたんですが、わずか2年ほど勤めたあと1988年に退職します。

そしてその直後に松下政経塾に入塾しました。

松野博一氏が初めて千葉3区の選挙に出馬して当選したのは2000年のことでした。それから松野博一氏は、6選を果たしています。

彼にとっての千葉3区の選挙戦は、常に元報道カメラマンの政治家、岡島一正(おかじまかずまさ)氏との戦いで、4選までは当選⇒比例⇒当選⇒比例・・・という岡島氏との一進一退の攻防戦を繰り広げていたんですね。

その後は危なげなく6選を果たすことになるんですが、それまで選挙戦はかなり注目されたんじゃないでしょうか。

そんな松野博一氏は、2016年8月、第3次安倍第2改造内閣で文部科学大臣に任命され、晴れて文部科学大臣に就任しました。

松野博一の秘書は?

「松野博一」と検索すると、「秘書」という関連ワードが出てくるので、まさか、

政治家あるあるの秘書問題?

でもあったのかなと思ったんですが(笑)そうではないみたいです。

松野博一氏はご自身の活動報告ブログで、何度か秘書(高須結貴氏ら)を紹介しています。

調べると松野博一氏の秘書(だった人)のお名前がいくつか出てきますね。これはけっこう珍しいことだと思うので、松野博一氏には、人材を大切にする、というお考えがあるのかもしれませんね。

まとめ

今回は、文部科学省の人事課OBによる天下りあっせん問題で、最近話題になっている文部科学大臣の松野博一氏のことをまとめました。

松野博一氏が文部科学大臣に就任したのは2016年8月。

OBによる天下り先のあっせんが始まったのは2009年(~2012年の文部科学大臣は旧民主党)。

これで辞任を要求されるとは、なんとも大変な立場だな、と思いますが、今後の対応に期待しましょう。

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