与謝野馨の家系図や経歴が凄い!与謝野晶子との関係や子供と家族は?

「全身がん政治家」の著者でもある、もと財務相の与謝野馨氏が政界に復帰する、との発表がありました。

この発表を知って真っ先に

与謝野馨氏の「与謝野」という苗字が気になった人も多かったんじゃないでしょうか。

「与謝野」といえば「晶子」ですよね。

当然ながら、与謝野馨氏と与謝野晶子は繋がりがあると考えてしまいます。

そしてこの両者は実際に繋がっています。

今回は与謝野馨氏の経歴を見ていきながら、彼の家系図に関する情報や家族について、まとめていきたいと思います。

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与謝野馨はどんな人?経歴は?

最初に一番気になる、与謝野馨氏と与謝野晶子との関係ですが、

与謝野馨氏の父親の与謝野秀(よさのしげる)氏が、歌人の与謝野鉄幹と与謝野晶子の二男です。

彼は最終的には日本の外交官として活躍していました。

 

その秀(しげる)氏の長男である与謝野馨(よさのかおる)氏は、

1938年(昭和13年)の8月22日に、東京市麹町区(現在の東京都千代田区)に生まれました。現在78歳です。

生まれた時代が昭和の激動の時代だったのと、父親が外交官だったこともあり、

与謝野馨氏は幼少期から波乱に満ちた人生を送ることになります。

与謝野馨氏は生まれて間もなく、外交官である父に連れられて、0歳~4歳まで北京で暮らします。

日本に帰国した後は生活費もままならない生活が続いて、無賃乗車で母親と交番に連れていかれたこともあったとか。

ただ、両親の方針だったのか、与謝野馨氏は勉学に励む環境にはあったみたいですね。

 

与謝野馨氏の学歴ですが、

港区立麻布小学校から麻布中学校に進学した後、父の転勤でエジプトに住むことになったので、

カイロ郊外・ヘリオポリスのイングリッシュスクールに編入学しています。

その後も与謝野馨氏はスペイン・アラブなどにも留学していますね。

そしてその過程で、与謝野馨氏はイギリスのオックスフォード大学への進学を目指し、一次試験までパスしたんですが、

考えを変えて日本に帰国したあと麻布高校に編入学して卒業した後、1浪してから東京大学文科I類に入学しました。

こうして見ると、与謝野馨氏は外交官の父親の仕事に左右されて、国境を越えた転校を繰り返していたことがわかりますが、

昭和の時代ではかなり珍しいことですし、英語も堪能だったことを予想すると、

社会的にもかなり貴重な人材だったことがわかりますね。

 

大学卒業後の与謝野馨氏ですが、

与謝野馨氏は母親の知り合いで合った、中曽根康弘元首相の紹介で、日本原子力発電に入社します。

やっぱり父親が外交官だけあって、そういった人脈があるんですね。

また、会社では与謝野馨氏の堪能な英語力は希少価値の高いものだったそうで、

与謝野馨氏は会社の業務の一環として、民社党の核拡散防止条約に関するヨーロッパの調査団に

原子力の専門家兼通訳として同行するなどして、政治家との人脈を築いていきます。

 

政界進出後の与謝野馨氏ですが、
1968年に日本原子力発電を退職して、中曽根元首相の秘書になったことが始まりでした。

そして、1976年12月の第34回衆議院議員総選挙に東京1区から立候補し初当選して、中曽根派に所属します。

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その後は自民党に所属して要職に就いていき、日本の財政再建に死力を尽くしていくことになります。

民主党政権のときの野党時代には、けっこう過激な発言をする政治家、として話題になっていたこともありました。

当時の鳩山由紀夫首相の偽装献金問題を追及して、「平成の脱税王」と称したり、

あの蓮舫氏についても「あの人を評価する人の気が知れない」と話していた、という情報もあります。

 

ただ、与謝野馨氏は2011年の民主党政権のときに、自民党から民主党に鞍替えしていますね。

そして菅直人内閣の時の2012年6月に、咽頭がんが発見されて入院したことがきっかけで、政界を引退することになりました。

また、手術の影響で与謝野馨氏は声が出なくなっていたんですが、

食道発声や電気式人工喉頭を試した後に、「がん研究会有明病院」という病院で、

気管食道シャント法と呼ばれる手術を受けて、2013年には見事、声を取り戻しています。

そしてその4年後の2017年に政界に復帰することになります。


追記与謝野馨氏が声を取り戻すまでのことをコチラでまとめています⇒与謝野馨がガンを克服したシャント法とは?現在は自民党で復帰!


与謝野馨の家系図や家族について

まあ当然ながら、あの与謝野鉄幹と与謝野晶子の名がありますが、

この両者の子供たちの数も驚きですね。

「アウギュレスト」「エレンヌ」という名の子供たちは養子なんでしょうか。

優秀な子孫をたくさん残してくれるのは、同じ日本人としてうれしいことですね。

 

与謝野馨氏の家族ですが、

奥さんは与謝野とも子氏で、彼女はあの「主婦の友社」の創業者の一族である「石川家」の令嬢です。

また、与謝野馨氏の母親の与謝野道子氏は「どっきり花嫁の記」という書籍を「主婦の友社」から出版していて、

その書籍の編集者が、与謝野馨氏の奥さんとなる与謝野とも子氏で、そこからの繋がりで2人の結婚に至ったんだとか。

 

与謝野馨氏の子供は、与謝野稔、与謝野優という名前ですね。

東京海上や三菱商事などの超一流企業に勤めている(勤めていた?)そうです。

まとめ

与謝野馨氏の政界復帰のニュースを見て、彼のことを調べているととんでもない量の情報が見つかったので、彼の経歴や家系のことを、かいつまんでまとめました。

まあ生まれたときから勝ち組、という印象をうけてしまう家系図でしたね。

うらやましい限りですが、そこから生まれてくる使命感を背負うことはそれなりに大変そうではあります。

日本をよくしていくために頑張ってほしいですね。

もちろん、くれぐれもお体には気を付けてほしいですが。

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