栃木県知事の福田富一の経歴や家族などのプロフィールや公約

自分が住んでいる都道府県の知事ってどんな人か?意外と知らない人も多いんじゃないでしょうか?とくに若い人たちは選挙の時期にならないとあまり興味がわかないと思います。

でも知ってみると意外と凄い人だったり、好感が持てる人だったりしていつの間にか支持していた、ということもあったりするものです。もちろんその逆もありますが。

そこで今回は栃木県知事選挙の当日も近いという事で栃木県の福田富一知事を紹介します。

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福田富一知事はどんな人?

まずは簡単にプロフィールを紹介します。

  • 名前:福田富一(ふくだとみかず)
  • 生年月日:昭和28年(1953)5月21日
  • 出身:栃木県の今市市(現在の日光市)
  • 学歴:今市市立猪倉小学校→今市市立大沢中学校→宇都宮工業高校→日本大学理工学部
  • 身長体重: 180cm、78kg
  • 血液型:O型
  • 趣味: ハイキング
  • 家族: 妻、息子さんが2人、娘さんが1人

福田知事は昭和28年5月21日に、栃木県の今市市(現在の日光市)で農家の長男として生まれ、自然いっぱいの環境で育ちました。小学生のころは体が弱くて入院することが多かったんですが、中学と高校ではバスケットボール部のキャプテンとして県大会優勝を目指して昼夜練習に励んでいたそうです。

そして宇都宮工業高校を卒業した後、栃木県庁に就職しました。

福田知事は最初から政治家を目指していたわけではありませんでした。当初の夢は建築家になることだったんです。実はそのために福田知事は、県の職員として勤務する傍らで日本大学理工学部に夜間に通い、建築学を修了して卒業しています。

凄い努力家ですね。東京にある日本大学まで電車で通っていたので毎日往復5時間半以上は電車の中だったそうです。卒業までの4年間1度も休まなかったそうですよ!

福田知事が栃木県の職員となったのは、通っていた高校の先生が『県庁で建築の技師を募集している』と教えてくれたからだそうです。

でもそんな彼の気持ちには徐々に変化が訪れます。

彼は栃木県の職員として県庁に勤務する間にいろんな人に出会いました。その中でも一番驚いたのは、権力をふりかざす政治家たちとの出会いだったそうです。普段生活していたら目にすることのない政治の世界の実態を知ることで、『自分が変えていきたい』と思うようになったそうです。

そんな思いが募り、福田知事は栃木県庁に9年間勤めたあと、1981年に退職しました。

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まずは市会議員選挙に出馬して当選することが目標です。それには2年間の活動期間が義務付けられています。

福田知事はご両親の反対を押し切って家を飛び出してからの2年間、選挙のためだけの行動をしました。

まずは生活費や活動費を稼がないといけないので、設計事務所(2級建築士)と行政書士事務所を開設しました。もちろん同時に後援会活動をはじめました。

さらに福田知事は、結婚してないと社会的信用が得られないと考えて、栃木県庁を退職した直後の2ヶ月間で5人の女性とお見合いをして、結婚して家庭を築きました。

この県庁退職後の福田知事の行動が凄いですね!本気度が伝わってきます。そうとうな努力をされたんですね。

そして彼はめでたく、29歳で宇都宮市議会議員に当選します。さらに37歳で県議会議員にトップ当選して、宇都宮市長になり、2004年に栃木県知事に就任しました。それから現在に至るまで3期連続で、4期目も確実と言われています。

福田富一知事の公約は?

公式ホームページによると、福田知事の公約は現在100項目以上ありますが、その公約全体の根本になるものは、人口減少問題の克服です。政策のスローガンは「選ばれるとちぎへ 『オールとちぎ』で」です。

基本方針としては、

  • 人材育成
  • 産業・観光
  • 健康・安心
  • 防災・エネルギー
  • 地方創生

が掲げられています。

公式ホームページでより具体的な公約が掲載されていますよ。

まとめ

栃木県の福田富一知事の経歴をまとめて紹介させていただきました。全体の印象としては彼はめちゃくちゃ努力家、というものでした。

おそらく4期目も続投という形になると思います。人口減少問題は根深い問題ではありますが、栃木県と栃木県民のためにいつまでもブレない行動を期待したいところです。

読んでいただいてありがとうございました。

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